その日少女は、傘を忘れた。

よのひら / 2026/07/27 07:04処女作SF#処女作SF
あらすじ

西暦2479年。 この世界の人間は生まれた時から知っている。 雨に濡れてはいけない。 時代は進み、温暖化により雨は酸性雨へと変化した。 この世界で、外に出る時に傘を持ち歩かない者はいない。 ―あの日までは。

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その日 少女は、   傘を忘れた。
        作:よのひら
【プロローグ】
西暦2479年。
この世界の人間は生まれた時から知っている。
雨に濡れてはいけない。
時代は進み、温暖化により雨は酸性雨へと変化した。
この世界で、外に出る時に傘を持ち歩かない者はいない。
―あの日までは。

【第一章―その日】
セナは、学校の傘立てに一本、先端が欠けた赤い傘を見つけた。すぐに、”あの子”のものだと気づく。
(...届けよっかな。晴れだしいっか。)
セナは、そのまま学校を出た。
しばらく歩いた時だった。
空気が変わった。
見上げると、空一面を黒い雲が覆っていた。
次の瞬間。
大粒の雨が降ってきた。
それは、ただの雨ではない。
観測史上最大の、酸性雨。                         セナは、急いで傘を差す。                         間に合わず、服の裾が白くなってしまった。                 セナは、そんなことを気にせず、走り出した。
【第二章―晴れ予報】                           セナの頭には、”あの子”が浮かんでいた。傘を忘れた、”あの子”。        
 その頃、”あの子”は、雨の中交差点の前に立っていた。            苦笑いしながら呟く。
「傘、忘れちゃった」                           それが、最後の言葉だった。
数分後。セナは、あの子といつも一緒に帰っていた交差点に辿り着いた。そこには、パトカーが3台ほど。規制線が張られ、規制線の奥には、白く変色した少女の制服の一部。           セナは、一歩を踏み出す。すると、何かに躓いた。              赤い、ランドセル。見覚えのあるキーホルダー。
セナが探した少女は、酸性雨によって跡形も残らなかった。
【第三章―黒い雲】
セナは、白化しかけているランドセルを握って、動けなかった。        中からノートが落ちる。それは、”あの子”の日記。              ページを開くと、『明日、セナと喫茶店に行く!すごく楽しみ。』
こう、書いてあった。気がつくと、ノートが濡れていた。雨なのか涙なのか、セナにはもうわからなかった。                         警察の人は、セナに話しかけていた。しかし、セナの耳には入らない。セナの頭には、学校においてきた傘があった。
警察「君!危ないよ!止まりなさい!」
セナは、学校に向かって走り出していた。傘も大きく揺れ、服のほとんどが白化している。セナには、そんなのどうでもよかった。  
【第四章―赤い傘】 
セナは、傘立ての前で、先端の欠けた赤い傘を持って動かなかった。昔の記憶が蘇る。
セナ「痛っ!」                              七年前、2人がよく遊んでいた公園だった。鬼ごっこの鬼の目印の代わりに、”あの子”の傘を持って遊んでいた。その日、鬼はセナ。傘を持ったセナが転び、傘の先端が欠ける。セナは、”あの子”に必死に謝った。この傘は、”あの子”のおばあちゃんが最後にくれたものだったから。しかし、”あの子”は笑って答えた。
「セナちゃんが無事でよかった!」
セナはハッとし、赤い傘を胸に抱いた。
先端の欠けた部分を、親指でそっとなぞる。
「……ごめん。」
小さく呟いて、学校を飛び出した。
【第五章―また明日】
絶望の雨は傘を突き、前髪と心を濡らしてゆく。               煩わしい。
さよならも言えぬ儘。そんな単純な願いも叶わないなんて。いや、この世界でこの願いは我儘すぎるのかもしれない。
そんなことを考えている内に、セナの頬を雫が伝い、赤い傘に落ちる。
あの日聞いた声も、言葉も、もう聞こえない。                雨が強まる。セナは思わず目をつぶる。でも、つぶればつぶるほど、涙で眼の前が霞んでいく。
ねぇ、どうして。”あの子”の声を、もう一度聞きたい。
「セナちゃん!」
「一緒帰ろ!」
ダメだ。考えるほど、涙が出て、どうしようもなくなる。気づけば自分の部屋にいた。服は真っ白で、手には先端の欠けた赤い傘。 
【第六章―もう二度と】
もう二度と、声を聞けない。
もう二度と、名前を呼んでくれない。
もう二度と、一緒に遊べない。
もう二度と、一緒に帰れない。
もう二度と、一緒に学校に行けない。
もう二度と、笑いあえない。
もう二度と、話せない。
もう二度と、もう二度と、もう二度と、もう二度と、もう二度と
もう二度と、もう二度と.....
こんなことを考えても仕方がない。涙が止まらなくなるだけ。頭ではわかっているのに。
重い体を起こして一階へ降りると、リビングから話し声が聞こえた。      
「……セナちゃん。」
振り返ると、そこには”あの子”のお母さんがいた。
「お葬式、終わったよ。」
「そう....ですか。」
やっと出した小さい声で、セナは答える。正直セナは、その言葉を聞きたくなかった。
「セナちゃん。」
「”あの子”の傘.......持ってて欲しいんだ。」
”あの子”のお母さんは、しばらく傘を見つめていた。
先端の欠けた、赤い傘。
やがて、それをセナへ差し出す。
「あの子が、一番大切にしてた傘だから。」
セナは、震える手で赤い傘を受け取った。
七年前につけた傷が、指先に触れる。
重さなんて変わらないはずの傘は、
あの日より、ずっと重かった。
セナは、もう手放せなかった。
【第七章―2489年の空】
あの日から十年後。セナは、平凡な会社員として働いていた。いつも持ち歩くのは、自分の、大人用の紫の傘。それと一緒に、子供用の先端の欠けた赤い傘も持ち歩いていた。
あの交差点。セナは毎年この日に花を添える。その日は、あいにくの雨。あの日と、全く同じ状況。信号を待っていると、ランドセルで必死に自分を雨から守っている傘を持っていない少女が後ろから走ってきた。
セナ「傘、ないの?」
少女「学校に忘れちゃって....」
少女は涙ぐみながら答える。死を覚悟しているのだろう。
「これ、使って。」
セナは赤い傘を少女に差し出す。
先端は少し欠けている。
少女はそれを見つめ、
「……ありがとう。」
小さく笑った。
セナは、その場で泣き崩れた。まるで、”あの子”、いや、”ノイ”の幻影を見たみたいで。
少女が信号を渡りきった頃、辺りは明るくなり、
雨は、止んでいた。

傘届けなくて、ごめん。
もっと遊ばなくて、ごめん。
助けてもらってばっかりで、ごめん。
傘、あげちゃって、ごめん。
助けられなくて、ごめん。 

ごめん
ごめん
ごめん。ごめん。
.........ごめん。
セナは、目に涙を浮かべながら呟く。
「雨、やんだよ。」