2012年01月19日
府庁「正庁の間」復元完了
【大阪日日新聞 2012・1・19】大阪府が府庁本館(大阪市中央区)で進めていた「正庁の間」の復元工事が完了し、25日に一般公開を始める。本館が完成した1926(大正15)年当時の部材で復元したシャンデリア、天使や獅子のレリーフ、国内最大級の天井ステンドグラスを備え、来場者を大正時代にいざなう。

↑公開される「正庁の間」=大阪府提供
現役の都道府県庁舎として最古の府庁本館にあって「特別な部屋」だった正庁の間について、松井一郎知事は「府民の貴重な財産。府民参加イベントや映画ロケの誘致などで積極的に活用していく」としている。正庁の間は本館5階正面に位置し、かつては年末年始の正式行事や式典に使用された。近年は事務スペースとして活用していたが、橋下徹大阪市長が知事時代に「歴史的価値を守ろう」と復元されることになった。一般公開は毎週水・金曜日の午前10時から午後5時の間で、入場無料。府は公開初日の25日午後0時15分からオープニングセレモニーのコンサートを開く。また、大正・昭和初期に府の有形民俗文化財に指定された玩具を紹介する「時代玩具展示室」を正庁の間の隣に設け、大正時代にタイムスリップするムードを高める。

↑ 戦艦「敷島」=大阪府提供

↑ キセカヘ フランス人形=大阪府提供

↑ 電気機関車=大阪府提供
→大阪府報道発表史料
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2011年12月20日
大阪市の新指定文化財を一同に
大阪歴博サイトより
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大阪歴史博物館では、平成22年12月22日(水)から平成23年2月21日(月)まで、8階特集展示室において、特集展示「平成20・21年度 大阪市の新指定文化財」を開催します。
主な展示品としては、「制札(せいさつ)」木簡(もっかん)である長原遺跡出土「長原里(ながはらのさと)」木簡(大阪市教育委員会蔵)、安倍晴明信仰関連資料として貴重な摂州東成郡(せつしゅうひがしなりぐん)阿倍権現(あべごんげん)縁起絵巻(えんぎえまき)(宗教法人阿倍王子神社蔵)、近代大阪の気風が育てた女性画家の作品(大阪市立近代美術館建設準備室、大阪市立美術館、大阪城天守閣蔵)、天王寺牛市にまつわる石橋家(いしばしけ)文書(もんじょ)(大阪市史編纂所蔵)などがあります。
大阪市は平成11年に大阪市文化財保護条例を施行し、大阪の歴史や文化を考えるうえで重要な文化財の指定を行うとともに、文化財の適切な保存と公開に努めています。大阪歴史博物館では、これらの文化財を市民に広く親しんでいただく機会として、特集展示「大阪市新指定文化財」を開催してきました。今回の展覧会では、平成20・21年度に新たに指定された文化財を実物資料や写真パネルによってご紹介します。
なお、大阪市指定文化財の詳細につきましては、大阪市教育委員会のホームページをご覧ください。
【主な展示資料】
(1)長原遺跡出土「長原里」木簡

(2)近代大阪の気風が育てた女性画家の作品

↑木谷(吉岡)千種「浄瑠璃船」
(3)摂州東成郡 阿倍権現縁起絵巻

↑同時に指定された絹本著色・安倍晴明像
(4)石橋家文書

↑片桐且元判物 慶長十九年(一六一四)
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2011年12月09日
摂河泉の古瓦に萌ゆ
大阪歴史博物館では、平成二十三年十二月七日(水)から平成二十四年二月十三日(月)まで、八階特集展示室において特集展示「摂河泉の古瓦―採集資料からみた古代・中世の寺院―」を開催しています。以下、同館の案内から
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この展示では、大阪歴史博物館所蔵の古瓦コレクションを中心に、大阪市内の出土品もまじえながら、古代から中世にかけての古瓦を展示します。
古代・中世の頃、「摂津」・「河内」・「和泉」に分かれていた大阪にも、京都や奈良とならび多くの寺院が建てられました。しかし、その存在が文書や記録などに名をとどめるのみになってしまった寺院も多く、発掘調査などによって徐々にその具体的な姿が明らかにされつつあります。
大阪歴史博物館には、これまで多くの瓦コレクションが収められてきました。そのなかには、のちに発掘調査が行われたことでより具体的な姿がわかる寺院のものも含まれていますが、特に中世の和泉や河内などの地域で発見されたコレクションには、今もなお詳細が不明なままの寺院跡とされる場所からみつかった瓦も見受けられます。また、寺院以外にも、共同墓地に建っていた建物で使用されていた瓦と考えられるものもあり、寺院と墓地を繋げる可能性を秘めた手がかりとして注目されるところです。
当館所蔵の古瓦コレクションからは初めての出品となるものも多いので、ぜひこの機会にご覧いただければと思います。
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↑まず、摂津。こちらは、喜連東遺跡(大阪市平野区)出土の宝塔文軒丸瓦(大阪市文化財研究所保管)。
門外漢の私などは、このような宝塔文の瓦は見たことがなかったのですが、今回は数点展示されています。時折、出土するのですね。なかに梵字が書かれています。デザイン的にみても、おもしろいです。

↑次に、和泉です。神於寺(こうのじ、岸和田市)で採集された巴文軒丸瓦(上)と連珠文軒平瓦(下)です。
神於寺は、古代から密教・修験道の山岳寺院として開かれ、縁起によると開基は役行者とされています。この瓦は、軒丸瓦が十二世紀後葉〜十六世紀、軒平瓦が十二世紀末葉〜十三世紀前葉と考えられています。鎌倉時代(十三世紀)には伽藍が整備されたと縁起にみえるので、もしかするとその頃のものかも知れませんね。

↑最後に、河内です。
智識寺跡(柏原市)で採集された連珠文軒平瓦です。智識寺は奈良時代に創建され、大仏のあった寺として聖武天皇の行幸もあり、有名な寺院です。この瓦は時代はくだるのですが、同寺のおもかげをしのばせる遺品です。
(解説は、『なにわ歴博ブログ 〜等身大の学芸員生活〜』より=写真も)
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2011年11月16日
小袖に描かれた三十石船
京都文化博物館で開催中の『京の小袖―デザインにみる日本のエレガンス』展に、丸紅コレクションの名品「曳舟文様小袖」の出展が予定されています(後期:十一月二十二日より)。

「納戸紋縮緬地淀の曳船文様染繍小袖」
十八世紀の第4四半期、天明・寛政ころの製と考えられる小袖である。小袖の文様配置は十八世紀中ごろから、広巾の帯が普及し、結びの位置も次第に背後に統一されるようになった結果、腰からすそに重点が置かれるようになった。また、結髪が漸次大形化し、くし、笄(こうがい)などの使用が著しくなった結果、小袖の身丈を長く仕立て、すそ引きに着る着付けが一般化したことによって、すそ文様が普及した。すそ文様によって背後はバランスのとれたものとなったが、今度は前の方に文様がなく寂しくなった結果、すその文様を前見ごろから立づまの方へ持ち上げた文様構成、江戸づまが考案された。つま文様が最も流行したのは一七七〇年代から八〇年代末にかけてであるが、つま文様は現在まで一様式として継承されている。本品は典型的な江戸づま文様である。船を引いて川をさかのぼる景を文様としたもので、色挿しはほとんどなく、のり防染による白あげと墨による描き上げ、金糸の刺しゅうのみによる極めてしょうしゃな逸品である。江戸の浮き世絵師勝川春章の下絵と伝えられている(丸紅コレクションより)。
ここに描かれた情景は、なんと、まさかの「三十石船」。綱で曵いていることから「上り」の船でしょう。上り船は棹をさして上る所もありましたが、十一里余(約45キロ)のほとんどを綱で曳いて上ったと思われます。曳き場所は九カ所あって、大変な労働と時間をかけて、伏見まで上ったのです。画像が小さくてわかりにくいのですが、上方に散らばる点々は水鳥です。大きな画像(左)で見ると、カンムリカイツブリのようです。秋に飛来する渡り鳥で、春には立派な冠をいただいて北に帰ります。とすると、季節は早春でしょうか。現在では桂川流域で多く見られることから、水無瀬あたりかもしれませんが、残念ながら、場所は特定できません(津川)。

「曳舟文様小袖」(部分)。丸紅株式会社沿革図より
【追記】
読者の方から、描かれた水鳥は「アオサギ」か「ゴイサギ」ではないか、とのご指摘を受けました。改めて図鑑等を調べたところ、冠羽が長いことや首の長さなどから、どうやら「アオサギ」らしいと判断しました。さらにご教示いただければ幸いです。
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2011年11月07日
三光神社「真田の抜け穴」公開!
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大坂冬の陣で勝利した安土桃山時代の武将・真田幸村をしのぶイベントが6日、ゆかりのある大阪市天王寺区の三光神社で行われた。幸村が大阪城まで掘らせた伝説のある史跡「真田の抜け穴」が公開されるなど、多くの歴史ファンや近隣住民らでにぎわった。

↑一般公開された史跡「真田の抜け穴」=6日午前、大阪市中央区
大坂城の南側を守るために造られたとりで「真田丸」跡が同神社に近いことなどから、手作りの甲冑(かっちゅう)姿で幸村の活躍を啓発するNPO法人「大坂城甲冑隊」が主催。
「抜け穴」は大坂の陣のとき、幸村が大坂城まで掘らせ、脱出用に使ったなどと伝説が残り、歴史ファンのロマンを駆り立てている。
イベントでは、普段は入れない「抜け穴」を一般公開。入って数メートルで行き止まりになっているものの、来場者はかつての合戦に思いをはせていた。
ほかにも、甲冑の試着体験コーナーや殺陣の実演などが行われ、子どもから大人まで楽しんでいた。(大阪日日新聞 =写真も)
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ところで(以下ネタばれ注意)、三光神社は江戸時代「真田山稲荷」「姫山稲荷」とも呼ばれていました。『摂津名所図会「姫山稲荷社」』には、「玉造の南にあり。世に真田山という(略)この丘にも狐穴多し。また奇なり」とあります(津川)。
子狐のかくれ貌なる野菊かな(蕪村)

↑右から、白縁斎、蕪村、六々閑人の歌碑(三光神社)
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2011年11月02日
四天王寺ワッソ友情は千四百年の彼方から
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史跡なにわの宮跡(大阪市中央区)で6日に開催される歴史イベント「四天王寺ワッソinなにわの宮」を前に31日、同実行委員会が大阪歴史博物館(同区)で会見を開いた。ことしは古代・朝鮮半島から使節団が来日した様子を再現した恒例のパレードをはじめ、東日本大震災の復興を支援するブースなどが設けられる。

↑四天王寺ワッソをPRする猪熊委員長(中央左)と浜村さん(同右)=31日午後、大阪市中央区
古代日本と東アジアの国際交流を再現する催しとして開かれる行事。ことしは「環境 自然との共生」をテーマとしている。
当日は時代衣装を身にまとった約1100人の巡行をはじめ、恒例のパーソナリティー・浜村淳さんのラジオドラマ風歴史劇では、「仁徳天皇」を取り上げる。自然環境保全団体がブースを設けるほか、岩手、宮城、福島の3県と協力して各県の特産品販売も行う。
猪熊兼勝実行委員長は「毎年、趣向を凝らしているがことしは震災を受け、環境をテーマにしているのが特色」とし、ラジオドラマ風歴史劇を披露する浜村さんは「歴史をもっと身近に感じてもらいたい」と話していた。(大阪日日新聞 2011年11月1日付け=写真も)
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→四天王寺ワッソ(ホームページ)
→八軒家かいわいマガジン『朝鮮通信使と大坂』(インデックス)
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2011年10月24日
再び、三たび、四たび帰ってきたぞ、アヒルちゃん。
オランダ人アーティスト-フロレンタイン・ホフマン氏による巨大アヒル(ゴム製)、世界中を旅する黄色い子アヒル・ラバーダック(フローティングダック)。2009年8月に大阪に初登場(アヒルがしぼんでしまったため9月5日から再登場)し、大きな話題を呼んだため、12月にも再登場。その際にはライトアップも行われた。2010年12月には中之島バンクスに会場を移して三たび、そしてこの10月22日、ついに四度目の来川が実現。30日まで。

↑会場は、中之島公園バラ園・ばらぞの橋南側の水面。
川の本流から外れた水たまりのようなロケーションで、なんかプールに浮かべたおもちゃのアヒルみたいでスケール感に乏しいのが難点。できることなら八軒家沖に放して、のびのびと泳いで欲しかった。(津川=写真も)
→ラバーダック・プロジェクト/世界中を旅する巨大アヒル
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2011年10月21日
大阪城の歴史大阪市役所でパネル展
大阪市役所玄関ホール(北区)で「大阪城天守閣復興80周年記念パネル展」が開かれている。写真や模型、映像などによって大阪城の歴史を学ぶことができ、来庁者が興味深そうに見入っている。28日まで。

豊臣秀吉築造天主閣の模型に見入る来庁者
大阪城天守閣は1931(昭和6)年に復興して来月7日に80周年を迎える。パネル展示は「豊臣期から徳川時代」「幕末から近代・戦後」など時代の移り変わりに焦点が当てられ、びょうぶに描かれた絵や写真を通じて大坂城の歴史を理解することができる。
3次元レーザスキャナーのコーナーもあり、大手門など重要文化財の一部を計測したデータを使い、パソコンで立体映像が楽しめる。豊臣秀吉が築造し大坂夏の陣で焼けた天守閣の精巧な50分の1模型も展示されている。
平日午前9時〜午後5時半、土・日曜日午前10時〜午後6時。問い合わせは電話06(6469)5154、大阪城魅力担当へ。
(以上、10月21日付け大阪日日新聞より=写真も)
【展示内容】報道資料発表(大阪市)より

↑豊臣秀吉築造天守模型
この50分の1縮尺復元模型は、滋賀県大津市在住の一級建築士馬場勇氏が製作し、平成4年に大阪市に寄贈したものです。豊臣秀吉が天正11年(1583年)に築城を開始した大坂城は大坂夏の陣で全焼したため、当時の大天守は「大坂夏の陣図屏風」等の絵画に姿を留めるのみでした。この模型は、馬場氏が、建築史家・宮上茂隆氏の精密な豊臣時代天守の復元設計図をもとに製作しており、天守の虎・鷺から、建物の細部、石垣の再現にも苦心が払われている傑作模型です。

↑大阪城に関するパネル展示
昭和6年に復興された当時の大阪城や復興工事の様子、屏風などに描かれている豊臣期や徳川時代の大阪城や、幕末から近代、戦後にかけての大阪城の写真などを展示。また現在の大阪城天守閣の四季折々の写真や大阪城公園迎賓館ウェディングをはじめとした大阪城天守閣復興80周年記念プロジェクトなども紹介します。

↑大阪城の歴史等に関する映像
豊臣秀吉と大阪城に関する番組を順次放映します。映像内容 ・豊臣秀吉の一族・秀吉の書・豊臣期大坂城の遺構・大阪城の巨石・刻印・大阪城の古建造物

↑大阪城3Dレーザスキャナのデータ操作コーナー
大手門にある多聞櫓の内部・外部、大手門及び付近の石垣を3Dレーザスキャナで計測し、多聞櫓と大手門・石垣を一体とした3Dデータを展示。3Dデータをパソコンで体験していただくコーナーもあります。(体験コーナーは23日(日)を除く。)協力:株式会社ジャパックス

↑多門櫓・大手門枡形
以上
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2011年09月30日
北大江たそがれコンサートWEEK今年も開催!
2006年の「北大江公園たそがれコンサート」に始まり、今年で7回目になります。
今回は、10月16日(日)〜22日(土)の7日間、メイン会場の北大江公園をはじめ12会場で16公演のライブ・コンサートが催されます。
詳しくは→「北大江地区まちづくり実行委員会」のお知らせページで

↑北大江たそがれコンサートWEEK2011ポスター
イラストは、当NPO会員の八軒家南齋
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大阪市中央区の北大江地区(府庁本館、八軒家浜も区域)では、平成10年に連合振興町会が地元の商店会や学校、企業等に呼びかけて「北大江地区まちづくり実行委員会」を設立し、有力な企業や団体の全面的なバックアップは受けず、まちに住み、働き、学ぶ人々が連携して手作りで魅力ある都心づくりに継続的に取組んでいます。
平成18年秋には北大江公園でライブコンサートを開催し、19年からはコンサート会場を公園周辺の路面店や八軒家浜等にも広げ、週間リレーライブイベント=「たそがれコンサートWEEK」に展開しています。野外のライブでは、それぞれ800〜1000人の参加者があり、北大江地区の秋の風物詩として定着してきています(大阪府ピピっとネット)。
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2011年09月22日
ものがたり観光行動学会公開講座受講者募集!
ものがたり観光行動学会(会長:国際日本文化研究センター白幡洋三郎教授)では関西国際大学と共催で、「日本観光の復興」をテーマとする年次大会を開催します。学会初の大会を記念し、白幡会長の基調講演、本保芳明氏(首都大学東京教授/初代観光庁長官)の記念講演、サントリー文化財団上席研究フォロー佐藤友美子氏らが登壇するシンポジウムを「公開講座」として、受講者を募集しています。
お申し込みは→

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