2011年11月21日
これで覚えた!四ヶ月で、四万語。
史上名高い波留麻和解、通称『江戸ハルマ』である。
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『江戸ハルマ』Bの巻表紙
↑解説:波留麻和解(はるまわげ)は寛政8年(1796)に成立したわが国最初の蘭和辞書である。蘭学者稲村三伯(1759-1811)が石井恒右衛門、宇田川玄随らの協力を得て、オランダの出版業者フランソワ・ハルマ Francois Halma(1653-1722)の著わした蘭仏辞典 Woordenboek der Nederduitsche en Fransche Taale, 1708 を底本として、オランダ語の見出し語一つ一つに和訳語をあてたものである。また、稲村三伯のものとは別に、オランダ商館長ヘンデレキ・ドゥーフの指導のもとに、同じハルマの蘭仏辞典を用いて中山得十郎、吉雄権之助らが文化13年(1816)に完成させた蘭和辞書を「ドゥーフハルマ」もしくは「長崎ハルマ」と通称し、稲村三伯のものはこれに対して「江戸ハルマ」と呼ばれる。「波留麻和解」はその後の蘭学の発達や海外文献の翻訳の進展に、おおいに与って力があり、大きな影響を与えた文化史的意義の大きな資料である。たとえば、オランダ語の「ナトゥール」(natuur)に、もともと中国語で道教的な意味を持っていた「自然」という訳語をあてたのも、この「波留麻和解」においてであり、西洋文明と近代文明を受容してゆく過程において、日本語を大きく変え、ひいては日本人の意識を変える原動力ともなった書物ということができる。(早稲田大学図書館「古典籍総合データベース」より。ママ)
わが橋本宗吉(一七六三〜一八三六)は、大槻玄沢のもとで学び、たったの四ヶ月でこの辞書に掲載されたほとんどすべて(四万語)をものにしただけでなく、オランド語の構文さえもマスターしたといいます。「江戸版」と「関西版」があり、適塾の福沢諭吉は「関西版」を使用したと思われます(津川)。
詳しくは→八軒家かいわいマガジン「大坂の蘭学の祖は傘職人の息子だった!―橋本宗吉物語― 」
投稿者 tategaki : 13:08| トラックバック (0)
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